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  • 執筆者の写真eat LOVE

eat LOVE Day 1 / 食卓を囲む

更新日:2018年9月9日

よしみさんが来るまえに、ぼくたちは家の片付けをした。

そしてその前にぼくは、ミッチーに話をした。

あのね、よしみさんがぼくたちの生活のなにを撮りたいのかはわからないけど、

たとえば、ここは撮ってもよくて、ここはやめて、とかそういうのじゃなくて。

そういう風に自分たちが見せたいものだけを見せるのでは面白くないと思うから、

できるかぎり彼女の求めるものに応えたい。

そういう話をした。


彼はいつものようにとくにそれについての言語での返答はなく、翌日から掃除をはじめた。

いい加減、もう10年もいっしょにいるのだから慣れればいいのだけど、

彼の言葉にせずに動く、という質にまだ戸惑う。

言葉にして! と言いたくなってしまうし、ついそれを口にだしてしまう。

でも、それがぼくなのだもの、それでいい。

お互い求めるものがあってもよくて、それに応えなくてもよい。


家は、きれいになっていった。

たった整頓をして掃除機をかけてお香なんかをたくだけで、

あからさまに空間の空気が変わるのってふしぎ。

場の神聖度が高まる。

わたしの神聖度が上昇する感じ。

手軽でいて確実な開運法なんじゃないかな、と、

彼に伝えるがもちろんそれにも答えはなかった。


よしみさんのお迎えはぼくがした。

ユーミンの「Good-bye friend」と「Hello,my friend」を交互にきいて向かった。


春。かんぜんに春の日は大風がふいていて気持ちがいい。

きょうまでのあらゆる澱を吹き流してくれる。

車中では、よしみさんのLAで買ってきたらしい料理雑誌の話をした。


上下天地はないとして、

けれど世の感性はピラミッド的な分布にあるのだろうか、などと話す。

もしもそうだったとして、ひょっとするとこれまでのぼくの生き方は、

自分なりに、無自覚に、自分の感覚、感性を

マジョリティー的なものに合わせようといたのかもしれない。

その無理強いのようなチューニングの圧に、勝手に苦しみ、

不平不満を募らせていたのだろうと思う。

けれど別に、そのような態度を誰がよろこぶわけでもないのだ。

わからないけれど、チューニングなどせず、自分そのままというように在ることが、

なによりも強力な肯定の”生きるメッセージ”となるのかもしれない。


3人での時間の展開に、事前計画はぼくの中にみじんもなかった。

「なるようになる」以上。


はたして3人はアトリエでピンクの揃いのカップでコーヒーを飲みながら、

ゆっくり、ポツポツと身の上話のシェアをすることとなった。

現在という点だけでは見えないことが、

それぞれのこれまでを話すことで浮かび上がってくる。

そうしてみると、なぜ今日ここに3人でいるのか、こんな時をすごすこととなったのか、

その意味のような命の運ばれ方への自覚が高まる。

深く考え、悩むことをせず、ただ目の前の今日をたのしめばいいのだろう。


夕飯の買い出しは二人に行ってもらった。

彼と彼女の時間をもってほしい、と思った。


ぼくは彼らよりもきっと、言語化速度が速く、せっかちゆえ、

ほっておくと会話を牛耳ろうとしてしまう。

3人でのこのプロジェクトでのぼくの課題は、黙ること。見守ることかもしれない。

しゃべりたいことは、こうして後でこっそり言葉にすればよい。


18時すぎだったか、ミッチーが夕飯をつくりだす。彼はほんとに手際が良い。

だけど、当然かもだけどそこに非日常な誰かがいて、

さらに非日常なことに撮影をしようとカメラをかまえている。

そのことへの緊張のようなものがほんのり伝わってきた。

料理の手がときどき止まり、

ええと何をするんだっけ? などとブツブツいっていて、うれしかった。

そう、そういう感じ。いつものあなた。

ピリっと完璧に物事をこなしたい質だけがあなたではなくて、

ミスをしたり、テンパったり、そんな完璧じゃなさだってすごく魅力的なのだもの。

母のように、マネージャーのように、彼のそんな面を知ってほしい、とぼくは願う。


猫くささを気にして、よしみさんにこっちで食べるかアトリエで食べるかどうしますか?

ここの匂いとか猫たちの気配が気にならないようであればここで食べましょう、

などと尋ねると、「暗くないほうで」と言った。

そうか、そうだった。

よしみさんは夕飯を食べに来たのではなく、写真を撮りにきたのだ。

明快な答えに心おどった。

わいわい遊ぶためだけの場ではなく、わいわい何かをつくる場であることのよろこび。


夜はあっという間にふけていった。

よしみさんとダンナさんの生活についての話がすごくおかしかった。

聞けば聞くほどよしみ夫のゆうすけくんは、クレージーで、かわいらしい。


あきらかに眠そうな彼女と、ふたたびアトリエへ移動し、3人でこの度の冊子の精算。

きっととても単純な計算なのだけど、神がかっているほどにぼくたちは右往左往。

わかった! あ、ちがった、、、そうかこうすれば! いや、そうじゃないのか、、


そうしてよしみさんは黒いカメラリュックを背負って、帰っていった。

ビールを飲んだぼくに代わり、帰路はミッチーの運転。

静かな八王子をすいすいと10分くらいで駅につき、

今後のことなど特に話さず、さようなら。

すぐにまたやってくる気がしたからなのか、

いつも友だちを見送るときにわきあがるさみしさ、名残惜しさみたいなものはなかった。

いったいどういう写真を撮っていたんだろうね。ミッチーとそれだけしゃべって帰った。








今日のごはん

・ねぎと香菜のエスニック和え

・にんじんしりしり

・カボチャのスパイスマッシュ

・鶏肉と大根のアニス煮


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